2016年 1/6の感想

「なんて不便なんだろう」
と、僕は銀行からお金、特にお札ををおろす度にいつも思う。
それはどうしてかと言うと、紙として使えないからだ。
考えても見てほしい、数千、一万の価値がある紙にもかかわらずメモやイラストを書いたり、汗を拭いたりもできなければ、折り紙代わりにすることも出来ないのだ。切るなんて以ての外。紙としての機能がほぼほぼ全て失われているではないか。
逆にできることといったら何かを"買う"ことだけ。「多様な使い方ができる点こそが紙の魅力なのに、ひとつのことしか出来ないお前はそれでも恥ずかしくないのか」
と、野口英世樋口一葉福沢諭吉のイラストに言いたくもなる。

そんな事を言うのなら、そのお札でノートを買えばいいじゃないかと思う人がいるかもしれない。
いや、僕はあくまで紙幣自体にその機能がないことを憂いているのであって、そもそもそんなことをいったら、ノートじゃごはんや服は買えないし、公共料金だって払えない。ましてやトイレットペーパーで友情が買えるわけがない。


…、とここまで書いてなんだが、前言撤回しよう。
お金って「なんて便利なんだろう」


P.S.紙幣に落書きしても実際には特に罰せられるわけではないらしい、だからといって書いて良いわけではないのだけれども。